シャンティ

平安でありますように

後60年ほどは。

  1. 2017/07/31(月) 16:53:03_
  2. diary
点描画を一枚描き上げると、ほっとする。
やっと自由になれた。
そんな気分が湧いて何かから解放された感覚になる。

ところがわずか数時間もすると、
あそこがね~、もうちょっと、うまく描きたかったんだけどな。
あ~、やっぱりもう一回描き直そうかな。
ま、いいや。
次はうまくいくように・・・

そんなことを、毎回描き上げる度に想う。


 


✽~✽~✽

そんな話を夫に話すと、決まってこう返ってくる。
「大丈夫だよ。お母さん(私)は後、60年生きるから焦らなくても時間はたっぷりある」

夫は私が120歳までは生きると、事あるごとに何回も何回も口走る。
それは私より後に死にたくないというのが、元々の理由で言っていた話だったのが、
自分が独り残されるのが嫌だというのが抜けて、
今では頻繁に、後60年あるぞというのが、口癖になっている。

何を言ってんだかこの人は。
120歳なんてあり得ない。
自分はいくつになったら逝くつもりなんだか。
全く、アホらしい。

はじめはそう思っていたが、いつもいいつも言われ続け、洗脳され続けているうち、
ひょっとしたらあり得るのか?
私独りになったら、生きて行けるのか?
120歳、ったら、今はまだ半分しか生きてないのか~とか、
何だか妙な気持ちになってきて、
知らず知らずその気になってきている自分にびっくりすることがある。

母が今97歳で、私が知る限りの身内の中では最年長だ。
母自身も、どうしてこんなに生きてしまったのかなどと話す。
けれど私は、母ほど長生きするようようには全く思えない。

仮に何も変わることなく今のまま生きていくとして、
それにしても想像できるのは、せいぜい80歳、後20年くらいだ。

でも母もそう言っていた。
「まさか自分がこんなに長く生きているなんて」

もしかして私は、
腰が90度くらい曲がって、自分の足元だけ見つめて、階段1000段往復して
まさか自分が120歳まで生きるなんて思ってもいなかった。
なんて、ブツブツ言うのかしら・・・

それも、いいかも(笑)


私のことはともかく、そんな話を夫とするようになって、
ウォーキングの道中にする感謝が、ひとつ増えた。
それは、夫が毎朝、普通に起きてきてくれることだ。

この、当たり前のことが、いつか終わる日がくるまで、
この毎朝の感謝の想いは欠かすことはないだろう。

どうしたって、私が先に逝くようなことにはならないよう、
夫の望むままに、生かされたいものだ。
後、60年ほどは。











テーマ : 暮らしを楽しむ♪♪    ジャンル : 日記



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