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シャンティ

平安でありますように

縄文① 日本人の祖先とは?

  1. 2018/09/01(土) 15:45:08_
  2. diary
弥生時代の農耕文化より古い縄文時代は、
槍を持って毛皮を着て、野生の動物を追いかけて狩りをする。

一般的な縄文時代のイメージは、ほとんど原始人に近いものだ。
それは旧石器時代と変わらない。
学校で教わる勉強でもそのような印象を持つ教育をするのだから、
誰もそうしたイメージが縄文人だ、と思っている人の方が多いのではないだろうか。

弥生時代より前の日本のことは、実は日本人でもあまり知られていないのだ。
それは戦後の教育で、日本の古代の歴史が歪められてきたという。

DSC_0323 (640x360)
2014年秋:北海道の北斗遺跡、常呂遺跡などの縄文遺跡めぐりをした

私は道産子だから、アイヌ民族の名残りがまだ感じられる時代に生まれ育った。
私の同級生にはアイヌはいなかったけど、歳の離れた兄たちの年代にはわずかに同級生もいた。
人里離れた処に住むアイヌの家族は、近隣との交流もほとんどなく、
子供の私にもわかる程、肩身の狭そうな生き方をして静かに暮らしていた。

子供時代には、アイヌ文化は縄文文化を受け継いでいると、
何もわからない子供ながらに、ずっとそう思っていたし、今もそう思っている。

それは父から聞かされたアイヌの話しや、父の生き方の精神性にも、
アイヌ文化がわずかながらも息づいていたことと、
自分の育った土地が北海道という、
アイヌや縄文の人たちの中にも、ここで生まれ育った人がいるという痕跡を、
幼い頃から普通に環境の中で感じていたのだ。

取り立ててどれが、というより、生活に沁み込んだ意識や感覚で、
自分の先祖はアイヌやアイヌの生活感と共に、縄文の精神を受け継いだ中で共存してきた、
そんな構図が自然とできていた。

私が生まれ育った実家そのものは、いまはもう無いのだけれども、
その家の近くを流れていた川があり、その名前が「愛の川」という。
元々は相ノ沢という地名が近くにあったこともあるが、きっとその相の字が、
後に愛の字にかわり、今は愛の川というようになったのだと思う。

その「アイ」が私の中で勝手に、「アイヌ」に結びつき、
この愛の川や、川の傍の沢にはアイヌが住んでいたんだな・・・
そのアイヌたちは縄文時代から続く生き方の名残りをもっているんだな・・・
そんな思い込みが出来たのかもしれない。


過去ログでも何回かアイヌや縄文のことに触れるものを綴ってきたが、
最近また書きたくなったので、少し整理してみようと思う。

縄文の文化は、私たちに刷り込まれた情報とは全然違う。
その後に大陸からはいってきた弥生文化が、如何にも人間らしさのスタートのように
殆どの人が思っているが、実はそうではないということを、
またしばらくぶりに書いてみようと思う。


 


✽~✽~✽


縄文時代は、巨大な建物もつくっていたし、大型住居や計画的に配置された住居もあった。
いまで言う街、いやむしろ集落というより都市に近い痕跡がみつかっているようだ。

更に農耕、特に稲作は、弥生時代に大陸から日本に入ってきた文化だとされているが、
ほんとうは縄文時代にはすでに稲作の痕跡があり、水田もあったり、養殖もしていた。

そして海運ルートがあって日本海の荒波の中を、大量の荷物を載せ航海する船もあっただけでなく、
太平洋を挟んだ南米にさえ、縄文土器の痕跡があるという。
海流や天文学の知識があった証拠だ。

さて、遺伝子的にはどうなんだろうとおもったら、縄文人の核DNA解析があったので
ざっくり引用させていただこう。 <国立遺伝学研究所の 斎藤 成也教授らによる、縄文人の核DNA解析>

*****
2017年12月15日
「縄文人」は独自進化したアジアの特異集団だった!より引用
https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20171214-OYT8T50003.html?page_no=1

日本人のルーツの一つ「縄文人」は、東南アジアの人たちに近いと思われていたが、
核DNA解析の結果縄文人は、遺伝的に大きく異なる独自進化したアジアの特異集団だった。
きわめて古い時代に他のアジア人集団から分かれ、独自に進化した特異な集団だったことがわかった。

 縄文人とは、約1万6000年前から約3000年前まで続いた縄文時代に、
現在の北海道から沖縄本島にかけて住んでいた人たちを指す。
平均身長は男性が160センチ弱、女性は150センチに満たない人が多かった。
現代の日本人と比べると背は低いが、がっしりとしており、彫りの深い顔立ちが特徴だった。
世界最古級の土器を作り、約5000年前の縄文中期には類を見ない独自の文化を築いたことで
世界的にも注目されている。

アジア集団の中で最初に分岐した縄文人
20万年前にアフリカで誕生した現生人類(ホモ・サピエンス)は、7万~8万年前に故郷・アフリカを離れ、
西に向かったのがヨーロッパ人の祖先、
東に向かったのがアジア人やオーストラリア先住民・アボリジニらの祖先となった。

最初に分かれたのは、現在、オーストラリアに住むアボリジニとパプアニューギニアの人たちの祖先。
その次が、縄文人の祖先だと考えられる。

縄文人から受け継いだ遺伝情報は、
ヤマト人は約12%、アイヌは50%以上、沖縄の人は20%前後で、
アイヌと沖縄の人たちが遺伝的に近いことが確かめられた。

北のアイヌと南の沖縄の人たちに、縄文人のDNAがなぜより濃く受け継がれているのか。
弥生時代に大陸からやってきた渡来人が日本列島に移住し、縄文人と混血したが、
列島の両端に住むアイヌと沖縄の人たちは渡来人との混血が少なかったために
縄文人の遺伝的要素を強く残した。

jyoumn.jpg
縄文時代を代表する大規模な集落跡、青森市の三内丸山遺跡。復元された6本柱の大型掘立柱建物が威容を誇る

<引用ここまで>
-------------------
そして以前( ..)φメモメモしておいた記事があって、
10年ほど前のものなのだが、上のDNA検査(2017年結果)と重複したルーツなど、
他に読んだものなども網羅されていてとても興味深い。

以下の文面のなかに、弥生人とマヤ人の類似性を書いている。
しかし実は私が関心があるのは、縄文人とインカ人の方である。

精霊を大切にした縄文。
縄文の神が封印されたわけなど、追々それも整理して載せる予定。

とりあえず順を追って、
まずは大変参考になった記事を、そのまま転載させていただこうと思う。

*****************
徒然ブログ
日本人の祖先とは?  2009/2/22(日)
https://blogs.yahoo.co.jp/beautyhappinesshide/57072216.html

(行修正、青字加筆してます)
島の各地から発見される謎の石板、通称「沖縄ロゼッタストーン」には、
神秘的な古代文字がいくつも刻まれている。
失われたムー大陸の歴史が記されていると噂され、

アメリカ・インディアンのホピ族が強い関心を寄せている。

縄文人とインカ人の遺伝子が一致し、弥生人とマヤ人の文化の共通性が指摘される今、
環太平洋ムー文明圏の視点から石板解読に挑む。

日本とは本当に不思議な国で、この地球上には北極と南極があり、そして極東という言葉がある。
何故か極西という言葉は無い。丸い地球にあって極が3つあるのも思えば不思議な話である。

言語はもちろん、文化や習慣と風俗は辺境に行けばいくほど、
古代文明の名残があるというのも日本だけでなく全世界に共通している法則である。

では極西に当たるところは何処だろうか。
スペインか、いや地球規模で考えればかつて西洋人から新大陸と呼ばれた地がふさわしいと思うのです。
そこにいる先住民は、みなアジア系であり遥かユーラシア大陸を渡ってきた。

極東とアメリカ大陸。
両者の間には広大な太平洋がある。
地球儀を太平洋の南側から見ればそこのは一面の青い海が広がる。
星のように散らばる島々と両脇のユーラシア大陸とアメリカ大陸、
オーストラリア大陸に住んでいた先住民は皆アジア人である。

地球の半分以上がアジア人で占めているといっても過言ではない。
かつては西洋からシルクロードを通って、数多くの民族が東アジアへやってきて、
ついには海を渡ってこの日本へと渡来してきた。

同様に、太平洋という大海原を越えてミクロネシアやポリネシアからも多くの人がやってきた。
それだけではない、遠くはアメリカ大陸からもはるばる渡海してきた人々もいた。
人は移動する動物である。
現代人の想像を遥かに超えて、古代人は偉大なる旅を続けていたのです。
その証拠が今になって明らかになってきている。

東回りと西回りで地球をぐるりと周回して数多くの民族が日本へとやってきた、
今では同じ日本人として暮らしているが、遺伝子を調べれば実に30以上もの民族が特定できるという。
日本人のルーツをたどる旅で、知られざる縄文人と弥生人のルーツを探る。

日本人といっても、決して単一民族ではない。
日本という国家の中には様々な民族・人種に人間が多く存在している。
近代になって移民し日本に帰化した人々とは別に、
古くから日本列島に住みついてきた先住民としての日本人の中にも、
我々が想像する以上に多くの民族と人種が含まれているのです。

日本民族とは、ここ100年~200年の間の近代に帰化した人たち以外の
明治時代以前から住んでいる日本人のことを指す人も中にはいるが
、実は一口に日本人といっても決して単一民族ではなく多民族国家なのである。

諸外国のように未だ民族問題が社会問題になっているが、
日本人は長い歴史の中で「和」を大事にし既にほぼ解決してきているといえるだろう。
民族問題で言えば先進国だったのである。



細かいことを別にすれば、日本人は大きく2つのグループに分けられるといわれる。
1つは体毛が濃く、顔は堀が深くて目が大きく、耳垢が湿っているなどの形質を持つ縄文人タイプ。
2つめは体毛が薄い或いは少ない、顔の作りは浅くて目が細くて耳の垢が乾いている
などといった形質を持つ弥生人タイプです。

一般に縄文人は先住民で、弥生人は大陸からの渡来系と表現されることが多いが、
一方でアイヌや奄美・琉球民族は縄文系でその他の日本人は弥生系だともいわれている。

日本人には大きく2つの形質を持った人がいることは、人類学的に見てもほぼ間違いないと思われます。
この日本人の2重構造について、最初に学説として発表したのが人類学派の埴原和郎氏である。

埴原氏は東南アジアからポリネシアなどに起源を持つ南方系の縄文人
北東アジアに起源を持つ北方系の渡来人2つの集団が日本に存在していたと主張する。

もともと縄文系が住んでいた日本列島に、中国や朝鮮などから渡来人が大挙して侵入し、
今までの漁業や狩猟や木の実や果実を主とした食生活から、稲作という画期的な食料革命を引き起こし、
食料の大量生産を可能にして次々と勢力を拡大。
北九州から畿内へと侵出し、やがて大和朝廷を開くことになる。
これで以後の貴族的な支配層を形成していく。

これに対して縄文系は渡来系に押し出される形で、
住居はどんどん日本列島の端へ追いやられてしまった。

現在、アイヌに代表される北海道や東北出身の一部の日本人、
並びに九州から奄美・琉球諸島出身の日本人は縄文系の特徴が見られるのはこのためである。

埴原氏の2重構造モデルは極めて直感的な日本人の感覚に近い。
一時期、濃い顔のソース顔が縄文系で、あっさりとしたしょうゆ顔が弥生系などと、
俗っぽくいわれることがあったが、ある意味で的を得た表現であるといえる。

本当に注目したいのは、日本古来の先住民である縄文系といわれる人々のルーツである。
彼らはいったい何処から来たのか。
現在、人類学者は盛んに縄文人とポリネシア人の類似性を強調している。

縄文系もポリネシア人も目が大きく彫りが深い。
渡来系と比較すれば共通点は圧倒的に多いことがわかる。
それゆえ、縄文系とポリネシア系の両民族は先祖は同一であるという表現をよく目にする。
しかし、ここでポリネシア人の起源が
北米や南米の先住民のインディアンやインディオの末裔である確率も非常に高い。

これはポリネシアやミクロネシアの人たちの祖先の一部が、
縄文系として我々日本人の祖先になった可能性もあるのではないだろうか。
日本の先住民の更なる故郷は遠くアメリカ大陸であるかもしれないのです。

また、よく縄文系に対して弥生系という言い方をするが、
縄文系が先住民で弥生系が渡来人という説には注意が必要である。
この弥生系には先住民としての弥生人もいるからだ。

これは非常に微妙な表現なのだが、
縄文系とされる奄美・琉球民族や歴史に出てくる熊襲や隼人といった人々は、むしろ弥生人なのである。

渡来人ではなく先住民としての弥生人なのです。
現在では弥生時代の始まりが定説よりも1000年近くも遡ることが明らかになっており、
西日本に住んでいた熊襲・隼人・奄美・琉球民族の祖先こそ弥生文化の担い手であった
こととが浮き彫りになってきた。

これは邪馬台国を始めとした「魏志倭人伝」に記された倭国は、みな刺青をした南方系の文化を共有している。
刺青や漁業による生計は海洋民族が主体である。
稲作を別の文化とすれば、1部では縄文系の特徴も持っていたことになる。

これは、熊襲・隼人・奄美・琉球民族が実は先住民系の弥生人であったことになる。

また弥生文化と中米のマヤ文化との共通点が多くあり
弥生人は白い貫頭衣を着て、頭には鉢巻と絵柄の無い土器を使用していた。

琉球民族と近い遺伝子を持っているインディアンで
特に中米マヤの末裔のラドカン族が弥生人と全く同じ風俗習慣を持っているのである。

棒で穴を開け、そこに種をまいたり、焼畑耕作をするなど、共通点は枚挙に暇が無い。
マヤ系のインディアンが太平洋に乗り出し、古代の日本列島へと上陸し、
熊襲・隼人・奄美・琉球民族となったようだ。

続く…

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とりあえず今回を ①とし、次回は②として続きをアップしたい。





テーマ : 暮らしを楽しむ♪♪    ジャンル : 日記



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