シャンティ

平安でありますように

生還した人たち

  1. 2016/09/09(金) 14:49:15_
  2. diary
先日、Tシャツをつくって、ちょっとばかりソーイングに目覚めた私は、今度ロングベストを、
と思ってたのだけど、夏用の生地があったことを思いだし、先にパンツをつくってみることにした。

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ポケットもない、ウエストはゴム仕立ての、簡素なものだけど。
ネットで見つけた無料型紙で、普段使っているパンツと重ね合わせながら、
脇と股下を詰め、股上を4㎝伸ばし、元々の型紙とはほとんど違うものに仕上がったけど(*_*;
それがなかなか履き心地がいい。

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手作りは愛着が湧くね^^

 

✽~✽~✽

洋裁といってもミシンがやってくれる。(笑)
あまり手の込んだ物でなければ、うまくいくかいかないか冒険みたいなもので、
出来上がるまでが、けっこうワクワクして楽しい。

洋服を買う時は、ここがこうだったらいいのにとか、
デザインは好きだけど生地の柄がね~とか、色々自分の都合で思うものだ。
でもこうして自分でつくってみると、やっぱり市販のってすごくよく出来てるな~なんて思って、
思わず笑ってしまう私。
たった1枚や2枚だけど自分でつくってみると、今手元にある洋服もまた違って見えてくるから不思議だ。

自分のもっている洋服のどれも、気に入って選び手元にきて、それなりに愛着はある。
けれど手に入れた洋服となってしまうと、買う時の嬉しさも遠のいた見慣れた景色の一部分だ。
ところが。
この頃タンスを開けると、どれも満足を覚え、じわじわくるものがあって、
密かにニンマリしながら、大事にしよう♪ と思えるのである。

そしてまた、思い出したことがあって、
それは今年の春まで一年間、畑で野菜をてがけたことだ。
今は事情があって畑を借りていないのだけど、あの経験と似たものを味わっている気がする。

わずかながらも自分が育ててみて、はじめてわかるお野菜の有り難味。
わずかながらも自分が手掛けてみてはじめてわかる、洋服の有り難味。

感謝の気持ちって、ささいなことのなかに、たくさんみつけられるね^^


✽~✽

InDeepさんが、いつもながら面白い記事をアップしてくれている。
北米全域での行方不明事件のケースを分析してまとめられている著作
『 411人の行方不明者 (The Missing 411)』の内容を伝えている記事が以前あった。

✽ アメリカの行方不明者たちのいくつかで共通している「異常に不可解」な事実から推測できる
  「全世界に広がる失踪システム」。目的や方法は不明 (2016/06/23)

✽ [人間は消えていっている]知性と健康に溢れた男性たちを「死に導く何か」の正体:
  「そのもの」たちは何を欲しているのか・・・ボストンの行方不明事件の詳細から浮き出る不可解 (2016/07/10)
 


このふたつの記事とも関連した今回の記事は、この『 411人の行方不明者』という著書の、
「生還した人たち」の事例を詳しく紹介しているブログを、翻訳して下さっている。

↑のふたつの記事では多くが「死亡して発見されている」暗めのものだが、
今回のは、生きて帰ってきた子供たちのもの。
そしてその内容が、実に奇怪というか不思議な証言によるものばかりだという。
引用させていただこう。

✽~✽
アメリカの行方不明研究者の事例にある失踪あるいは「消滅」の強烈な実態(1)
      : 生還者たちが語る状況はまるで「異次元とのコンタクト」にも似て
 より引用


ほとんどの失踪にある奇妙な物語

-略- それは 1868年、北部ミシガン州で3歳の女の子が行方不明になったケースで、
女の子は、父親が運営している製材キャンプで突然いなくなった。

女の子の父親によれば、「あの子はここに1秒前までいた」のに、次の瞬間、
まるで瞬間的に消滅するかのように彼女は消えたのだという。
突然のことにパニックに陥った父親は、若いふたりの猟師に助けを求め、
共に森の中の捜索を始めた。父親は、娘がひとりで森の中で迷っていると考えていた。

父親と猟師は、女の子の名前を何度も何度も叫んで、森の中を探し回った。
しかし、夜が近づいても、女の子は見つからなかった。彼女の名はアイダ(Ida)という。
翌朝、捜索が再開されたが、何の手がかりも得ることができなかった。
まるで消滅するかのように森の中に消えてしまっていたかのようだった。

さらにその翌日、行方不明の少女の痕跡を見つけ出すための捜索は続いた。
その日、荒野を進んでいた時に、猟師たちは、近い森の中から女の子の叫び声を聞いた。
その声は、まるでベールや毛布で覆われた中を通して聞こえているようなミュートされている感じで、
少し遠い場所のように思えた。

猟師たちは、その叫び声は川から聞こえたと述べた。
彼らはそこで巨大な黒いものを目撃し、その後、バシャンという大きな水のはねる音がしたと言った。
それはおそらく、クマが水に入って対岸に向かって泳いでいたのだろうと猟師たちは述べた。
猟師たちは、動物と思われるものが去った後、その場を見つめていたが、
ふと、彼らは近くの丸太の上に、はだしの女の子が立っていることに気づいた。
行方不明の女の子だった。

救助された時、女の子はかなり動揺しているように見えた。
そして、彼女は、猟師たちが見ていた生き物はクマではなく、
「ミスター・ウルフ(Mr. Wolf )」という名のものだと訴えた。
それは彼女が名付けた。ミスター・ウルフは、その場に彼が捕らえた人々を保持しているのだという。

女の子は、ミスター・ウルフは彼女の靴を取り、また彼女の帽子を食べたと言う。
そして、ミスター・ウルフは彼女に果物を与えていたが、どんな状況でも、彼女を置き去りにしなかったという。
彼女がミスター・ウルフと呼ぶものが、クマかどうかは不明だ。


もうひとつのミスターウルフ事例

興味深いことに、このアイダのケースと同じように、一見誘拐されたように失踪して、
大型の動物によって世話をされていた例はアメリカで他にもあるのだ。

それは、1955年7月に、2歳の女の子、メイ・カーティス(Mae Curtis)が、似たようなケースで、
モンタナ州のクーテナイ・ナショナル・フォレスト(Kootenai National Forrest,)内の製材キャンプから
行方不明になった時のことだ。
その時、少女の母親は「クマが私の子どもを森の中に運んでいったのを見たのです」と必死に主張した。
そして、クマは女の子を「あやしながら」去って行ったというのだ。

捜索は、約 350人によって行われた。
2日間に渡る集中捜索の後、女の子は無事に発見された。
その場所は、行方不明になった場所から 300ヤード(270メートル)も離れていない場所にある粗末な避難小屋だった。

彼女が無事に発見されたのは、失踪している間にクマが
彼女に食事を与えていたからだろうと考えられると家族は述べた。
警察当局は、この話に懐疑的だったが、家族は、クマが彼女に食事を与えてくれていたと語り続けた。


女の子の靴と帽子をほしがる「黒い存在」

1800年代の別の奇妙な物語としては、
1898年8月25日に発生した3歳のアリス・レイチェル・ペック(Alice Rachel Peck)の消失に関するものがある。

アリスは、彼女の母親と一緒に果物を摘みに近くに出かけた際、母親の後ろをついて歩いている時に突然いなくなった。
彼女の失踪後、大規模な検索がおこなわれ、それは3日間に渡り続けられたが、女の子の手がかりはつかめなかった。

そして、3日後の 8月28日、アリスは、
彼女の姿が消えた場所から約5マイル(約8キロメートル)の場所で、無傷で無事に発見された。
アリスは、見つかった時には茫然自失に近い感じだったと伝えられたが、少しずつ正気を取り戻していく中、
彼女がどのように道路に沿って、はだしで歩いてきたかを思い出して、それを述べ始めた。

行方不明になる前、彼女は靴をはいていたが、見つかったときには、はいていなかった。
また、かぶっていた帽子もなくなっていた。
そして、彼女は失踪前、ほんの少しのベリーの他は食べ物も飲み物も持っていなかった。

彼女が行方不明になった場所、そして発見された場所は、急斜面と岩が連なる場所であり、
救助した人たちは、無傷だったアリスに、そのような厳しい場所でどのように行動していたのかとを尋ねた。
そこは3歳の女の子が自力で行動できる場所ではないからだ。

アリスの答えは不可解なものだった。
「黒い人が私を助けたの」
彼女は、その黒い人(The Black Man)が彼女を導き、彼女が行方不明になった場所から
とても離れた場所から安全な場所まで運んでくれたのだと言った。
この「黒い人」とは何者なのか。
そして、彼女が行方不明になった原因は何だったのかはいまだにわかっていない。


森から現れる見知らぬ人

この 1898年には、別の行方不明の物語がある。
アメリカ民族年次報告書(the American Ethnology Annual Report)には、
それは、ワフォード(Wafford)という 10歳の少年とある。
ワフォードは川の近くでアーチェリーの練習をし、その後、魚をとる罠を作るために川辺に行ったという。
彼は、川の中に石を積み、魚取りのための罠を作った。

その時に、森の中から見知らぬ人が現れた。
その人物は、ワフォードに「きみは疲れているように見えるから、休みなさい」と言ったという。
その見知らぬ人物はワフォードを自宅の夕食に招待した。
その人はごく普通の、愛想のいい人物のように見え、ワフォードは、疑うこともなく、彼の自宅へ向かった。

自宅に到着した時、そこがとても暖かく平和な場所であることがわかり、
また、彼はとてもフレンドリーで暖かい人物であることがわかった。
そして、明らかにワフォードの家族の友だちと思われる人たちが現れた。
その人たちを見て、ワフォードが少し持っていた疑いの気持ちも消えた。

ワフォードは、そこで夕食を食べ、ベッドで眠るまで、その子供たちと遊んだ。
ワフォードは、今までで最も楽しい時間を過ごしているのではないかと感じたと述べている。

次の日の朝、ワフォードは、家族が心配していると思うので、家に帰らなければならないと言った。
少年を自宅に招待した見知らぬ人物は、果樹園やトウモロコシ畑に沿った道沿いに道を連れていってくれた。
そして、交差している場所で、別の道を指した。
その先の川の尾根沿いに行けば、自宅に着くだろうと述べた。

少年は、指示に従ったが、少し歩いた後、彼にさよならの挨拶をしようと振り返った時、
その見知らぬ人の姿がなかっただけではなく、さきほど歩いてきた時にあった
トウモロコシ畑や果樹園がどこにも見当たらなかった。
そして、自分がいる場所には何の道もまったくなかったのだ。

少年は、自分が分厚い木々と荒れた荒野に囲まれていることに気づいた。
どうすればいいのかわからなかった。
幸いなことに、ワフォードが荒野の草を歩いていた時にできた跡が、
行方不明になった少年を必死で捜索していた人たちに偶然発見され、彼は救助されることになる。

その捜索隊の中には、ワフォードが、見知らぬ人の家で見た家族の友人を含んでいた。
ワフォードは、その友人たちに、あの家はどこにあり、そして、何が起きたのかを尋ねた。
友人たちは、自分たちはそのような家に行ったことはないし、自分たちはずっと
行方不明になった少年の捜索のために時間を費やしていたと答えた。

ワフォードが招かれた家があったと述べた場所は、後に地元の多くの人たちから
「あのあたりには何もない」と言われた。
迷信深い地元の人々は、この話を聞いて、精霊「ヌンネイ(Nunne’hi)」が来たのではないかと語り合った。

ヌンネイの意味は「どこでも住む人々(The People Who Live Anywher)」で、
チェロキー民族の神話に出てくる超自然的な精霊のことだ。
もちろん、ワフォードが経験したことが実際には何であったのかを理解することは難しい。


洞窟の中で

神秘的な存在によっての、さらなる奇妙な誘拐談が、デビッド・ポーリデス氏によって報告されている。
これは、アメリカの人気ラジオ番組「コースト 2 コースト AM 」の中のインタビューで語られた。

2010年10月1日の午後6時30分、
3歳の男の子、ジョン・ドゥ(John Doe)が、カリフォルニア州のシャスタ山で行方不明になった。

彼の行方不明になった報告を受けた後、警察当局は、その地域の捜索を行い、
行方不明から5時間跡、混乱した状態にいる男の子を発見した。
彼は木の切り株の上に座っていた。
少年はその後、非常に奇妙な話を語った。

ジョンによると、彼はひとりの女性と一緒に山奥の洞窟の中に入ったのだという。
その女性について、ジョンは彼の祖母だと思っていたと彼は語った。
彼が洞窟に着いた後、ジョンは彼が暗い部屋の中にいることに気づいたという。
そして、そこには、人間と完璧によく似たロボットたちが、いろいろな姿勢で座るか立っていたというのだ。
それは明らかに動いていなかった。

同時に、部屋には、ほこりをかぶった銃や武器のようなものが散らばっており、
巨大なクモが暗がりの中を走り回っていた。
そして、報告されるところでは、次に少年は、彼の祖母の頭から不思議な光が出ていることに気づいたという。
祖母だと思っていた女性は、ロボットの中のひとつだった。

その「祖母」は、ジョンに対して、敷いた紙の上に排便をするように命じた。
それは明らかに命令口調だった。ジョンが拒否すると「祖母」はさらに強く要求した。
また「祖母」はジョンに、彼は宇宙からやって来たことと、そして、彼の母親の胎内に移植されたことを告げた。
ジョンは外に連れて行かれ、そして、発見されるまで茂みで待つように言われた。

このような信じられないほど奇妙な物語の全体が明らかになった時、ジョンの祖母は、あることについて告白した。
祖母は、この事件の前の年にこの地域でキャンプをしたことがある。
その際、彼女は不可解な力でテントの中から引きずり出され、テントから少し離れたところに置かれたというのだ。
目覚めたとき、彼女は、首の付け根に痛みを感じたという。
見てみると、赤くなった皮膚に囲まれた2つの刺されたようなマークがあった。
もちろん、このことと少年の失踪とに何かの関係あるのかどうか祖母にはわからないということだった。

この事案は、ポーリデス氏が遭遇した多くの失踪の中で最も奇妙な事例のひとつだったと述べている。
そして、この話に出てくるすべての人物が、自ら経験したことを真実だとすることついては一貫している。

✽~✽

アメリカの行方不明研究者の事例にある失踪あるいは「消滅」の強烈な実態(2)
:何者かに奪われる「自己制御」と「自分の存在」。そして、子どもたちを導くものの正体
 より引用

ほとんどの失踪にある奇妙な物語(後半)

見えざる力

1950年代にフランスで行方不明になった女性の話がある。
その女性が川沿いの道を歩いていた時、彼女は、ふいに、
説明のつかない(誰がおこなっているのかわからない)力で後ろから無理矢理つかまれ、
そのまま彼女は持ち上げられて、茂みまで引っ張られていったと女性は言う。

この時、ちょうど天候が晴れから悪天候へと急変し、
そして、どこか上のほうから「行きなさい( “Here you go”)」という声が聞こえたという。
その声が聞こえた時に、突然始まった一連の不可解な出来事は突然終わり、彼女はそのまま地面に落下した。

女性は近くの農場まで走って逃げた。
彼女を保護した農家の人は、彼女の胸に大きな赤い手形がついていたと述べる。


さらに、隣人の家から戻る途中で姿を消した 19歳の女性の物語がある。

行方不明になった彼女の捜索が行われている中、その女性が突然、彼女の自分の家に現れた。
そして、感情を抑えきれずにすすり泣きはじめた。
後で彼女に事情をきくと、彼女が隣人宅から帰るために歩いていた時、
ふいに自分の体が急激におかしな動きをしたのを感じたという。

そして、彼女は自分が行こうとしていた場所とは反対の方向に歩いていることを感じていた。
自分の意志とは違う方向に歩きだしているのだ。
この恐ろしい試練の間、目に見えないバリアが彼女の空間を押して、
行きたいと思っている方向へ行くことを妨げたと彼女は語った。

夜になってから、彼女は、彼女を探している捜索隊のメンバーの姿を発見した。
ところが、捜索隊の人たちは彼女の姿を見ることができないし、彼女がどれだけ声を出しても、
彼らには聞こえなかったと彼女は言う。見えないベールが遮断してしまうのだという。
最終的に、そのバリアは取り払われ、彼女は家に帰ることができた。

このケースは、2012年の別の事例と不気味に似ている。
2012年9月22日、53歳のリンダ・アルテアガ(Linda Arteaga)は、
アーカンソー州オザークの森で彼女の 56歳の兄と一緒にハイキングをしていた時、行方不明になった。
兄は、リンダの姿はハイキングの途中、ずっと見えていたと述べている。
しかし、戻ってきた時、リンダの姿は消えていたのだ。

大規模な検索が開始された。
幸い、リンダは森の中でその日のうちに発見された。しかし、全体を取り巻く状況は非常に奇妙なものだった。
何が起きたのかをリンダに質問すると、彼女は、兄と離ればなれになった時のことをどうしても思い出せないでいた。

ハイキングでは、行方不明になった時に彼女は兄と並んで歩いており、
彼女は(行方不明になった後に)他のハイカーにも会ったと述べている。
しかし、隣の兄とも、そして、他のハイカーたちとも、いかなるコミュニケーションもとることができなかったと彼女は言う。
兄もハイカーたちも、そこには誰もいないかのように、リンダのことを見ていなかったのだとという。

また、彼女は、森の中から離れて彼女を見ている「人影」を見たという。
彼女はこのように言う。
「これらの人々は茂みの中に隠れていました。奇妙な人々……とても奇妙な人々でした……」
リンダが捜索隊に発見された時、彼女の精神状態は明瞭ではなかった。
中には、リンダが幻覚性の果物を食べたのではないかという人たちもいたが、しかし、現実はわからないままだった。


すべての時間が太陽に照らされている場所

他にも分類するのが難しい事例がある。
1897年8月、メイン州で、リリアン・カーニー(Lillian Carney)という名の6歳の少女が、
両親がブルーベリーを摘みに出ていた時に行方不明になった。

両親によると、リリアンは、ほんのすぐ目の前で消えたという。
ただちに大規模な捜索がおこなわれたが、手がかりはまったくなかった。
大規模な捜索の後、リリアンは森の中で茫然自失の状態でいるところを発見された。

何が起きたのかを彼女に尋ねると、彼女は、ずっと森のなかにいたと述べた。
その場所は太陽が一日中のすべての時間に輝く場所で、そこにずっといたのだという。
しかし、彼女が行方不明になってから見つかるまでの 46時間の天候は曇りで、太陽は出ていなかった。
リリアンが見た「太陽」とは何だったのかわかっていない。
そして、この失踪にどういう意味があったのかもわかっていない。


止まった時間

失踪の分類の中には、姿を消したことについて話すことができない、あるいは、
話すことを望まない人たちの事例がある。

1978年2月、アメリカのミシガン州で、スキーを滑っている途中で行方不明になった
スティーブン・クバッキ(Steven Kubacki)という男性がいる。
スキー場には彼が捨てたスキーのポールが雪の上に落ちていたが、その滑り跡は、
突然スキーが止まったことを示していた。そして、彼のバックパックが近くの地面に放り投げられていた。

クバッキが行方不明になった地点は、ミシガン湖の湖畔にとても近かったため、
彼は湖に落ちて溺れたのではないかと推測された。
その後の多数の捜索にも関わらず、彼の行方に関して何の手がかりも得ることができなかった。
彼はこのように忽然と姿を消してしまった。

しかし、それから 15ヶ月後、クバッキの父の家を歩いて訪ねた人物がいた。それはクバッキ本人だった。
彼に何が起こったのか、そして、その後の 15ヶ月の間、どこで何をしていたのかを尋ねられた時、
彼の話は要領を得ないものばかりだった。

彼が言うには、彼は、父の家から 40マイル(64キロ)先の牧草地で、突然目を覚ましたという。
その時、彼は自分のものではない、やや小さめの服を着て、自分のものではないバッグを持っていた。
目覚めた時に、クバッキは自分に何が起きたのかをまったく憶えていなかった。

実際、彼は、行方不明になった時からの時間の経過を感じさせない印象だったという。
スティーブン・クバッキに何が起きたのかは今でも不明で、彼はそれについての話を避け続けている。


子どもたちを導くものの正体

1990年10月14日、11歳のケイシー・ホリデー(Casey Holiday)は、
アイダホ州のアルダー川の近くで、犬と一緒に歩いている時に行方不明になった。

ケイシーは、発達障害を持つ男の子だった。
彼は、まったく何の痕跡もなく姿を消してしまった。
捜索犬も彼の臭いを見つけることができなかった。

大規模な捜索では手がかりがつかめなかったケイシーは、最終的に、
小川の岸で靴を履かない状態で発見された。命に別状はなかった。
何が起こったのか少年に尋ねたが、その時の彼の意識は混濁しており、どこにいたのか、あるいは、
なぜ、靴がないのかといったことは思い出せなかった。


2013年の夏、2歳の女の子、アンバー・ローズ・スミス(Amber Rose Smith)は、
ミシガン州ニウェーゴ郡の自宅のすぐ前で姿を消した。

父親によれば、娘が家の二匹の犬と遊んでいる姿を見続けていて、
ほんの少しの間、家の中に入り、すぐに戻った時、アンバーの姿はなかったという。
娘の名前を呼んだが、返事はなかった。

ボランティアを含む数百人におよぶ捜索隊による集中的な捜索がおこなわれた。
翌日、彼女は、すでに十分に捜索されていた、家から2マイル(3.2キロ)離れた場所の
道路の真ん中に立っているところを発見された。
見つかった時、アンバーは空中を見つめていた。

彼女はまだ2歳で、自分に何が起こったのかを説明することはできなかったが、
発見された時には、ショックと意識障害の状態にあると思われた。
地元の保安官は、この厳しい土地の、しかも夏の気温の森の中を、2歳の女の子が、
どのようにして怪我もなく移動して生き残ることができたのか不思議だと発見された夜に述べている。
あるいは、2歳の彼女が 3.2キロの距離をひとりで歩いたのか、あるいは、そうではないかもわかっていない。

-----
今回示した事例は、すべて行方不明になったの後に生きて戻ってきた人たちのケースだ。
彼らなぜ行方不明になり、そして、なぜ戻ってこられたのか。
彼らに起こったことは何なのだろうか。

これらが、いわゆる原因不明の超常現象と関係があるのかどうかはわからないが、
すべてにおいて、私たちの理解を超えており、それは独特な事例であり、
どこか魅力的であると同時に、不安を呼ぶ事例の数々ともいえる。

<引用ここまで>
-----------------------------------------------------
この記事を書かれたInDeepのオカさんご自身も、幼い頃の不思議な記憶があるそう。

以下引用

リリアン・カーニーちゃんという6歳の女の子の例がありますが、この女の子は発見された後の、
「行方不明になっていた間、どこにいたのか」という質問に対して、

森の中の、太陽が一日中のすべての時間に輝いている場所にいた。

と述べていたという供述が残っています。
彼女が行方不明になった間は、くもり、あるいは夜間で、太陽はどこにも出ていなかったとのことですので、
何か「通常とは違うような森の中」にいたのかもしれませんが、
この「場所の雰囲気」は、恐怖ではなく、その真逆にあるような概念を想起させます。

なお、前回の話には3歳など、本当に小さな子どもの話が出てきていますが、
「3歳の子どもの話など適当なものだろう。子どもはいつも夢想しているから」というようなことを
思いがちかもしれません。

私も最初そう思いました。
しかし、ふと、私自身が4歳の時に、ある「体験」をしていたことを思い出すのです。
それはもう、本当に今でもよく思い出すことがある体験ですが、個人的なことですので詳しくは書かないです。

まあ、始まりと顛末はともかくとして、ある日の夕方、遊びの帰りに、
海も山も湖も森も城もない茶色の風景が広がる田舎の住宅地で、
ふと気づくと私は下のような風景の中に立っていたのでした。

lake-catsle.jpg

自分が囲まれている状況に気づいた瞬間、合理的な判断とは別に、
私はすぐに振り返り、来た道を全速力で走りました。

このことは、前後のことを含めてここまでとしまして、
4歳の時でも、そんな奇妙な事象に巻き込まれるのはこれが初めてでしたし、
そして、思い返してみれば、3歳だろうと4歳だろうと「夢想に浸っている」なんてことはなかったです。

子どもたちも、毎日毎日、現実の中だけで生きている。
どんな子どもでもそうだと思います。
大人が考えるより、子どもは現実の中で現実の存在としての考えをもって行動しています。
そういう意味では、少なくとも、3歳の子どもであろうと、
その供述は(本人がウソをついているのでなければ)信じていいと思われます。
----
このようにオカさんは記事の中で書いている。

かつてのレムリア大陸の生き残りの人たちが高度な文明を築いている、
という地底世界では、小太陽が沈むことなく白光を放っているという。 
また風景の美しさは地上のそれ以上だとも。
そんな地底世界を彷彿とさせるのは私だけだろうか。

テーマ : 日々のつぶやき    ジャンル : 日記



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